武蔵丘陵森林公園の山百合2 |
山百合は花弁が6枚ありますがそのうちの3枚の大きな花弁が花びらで内花被(ないかひ)と呼ばれます。3枚の少し小さい花弁が顎(顎)で外花被(がいかひ)です。ユリ科の植物はすべてが3の倍数で成り立っています。
万葉集から大伴坂上郎女のうた
夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の
知らえぬ恋は 苦しきものを
(意)夏の野の繁みにひっそりと咲いている姫百合のように、人に知られない恋は苦しいものなのですね。
大伴坂上郎女は大伴旅人の異腹の妹で大伴家持の叔母で母親代わりでした。大伴家持は大伴坂上郎女の娘を正妻にしています。大伴氏は大伴家持の死後、藤原氏の謀略で貴族から追われ、最後の古代氏族は藤原氏によって天皇の側近から蹴落とされたのです。「大伴」は、「大きな伴造」という意味で、多くの氏族を束ねていたとされる研究もあります。そのため、物部氏と共に軍事の管理を司り、親衛隊的な大伴氏と、国軍的な物部氏という違いがあり大伴氏は皇宮警察や近衛兵のような役割をしていたと思われます。大伴氏と佐伯(さえき)氏とは同族関係にありました。
大伴家持が越中守として越中に赴任中に陸奥国で黄金が発見されたのを寿ぐ長歌の中に戦中に第2国歌とも呼ばれた「海ゆかば」の一節があります。その中に大伴氏と佐伯氏に関した歌が入っています。一説では「海ゆかば」は昔から大伴氏と佐伯氏の氏族の中で詠い続けられていたとも言われています。
陸奥国より金を出せる詔書を賀(ほ)く より抜粋
海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草むす屍
大君の 辺(へ)にこそ死なめ かへり見は せじと言立(ことだ)て
大夫(ますらを)の 清きその名を いにしへよ 今のをつつに
流さへる 祖(おや)の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は
人の祖の 立つる辞立(ことだて) 人の子は 祖の名絶たず
大君に まつろふものと 言ひつげる 言の職(つかさ)ぞ
梓弓 手にとりもちて 剣(つるぎ)大刀(たち) 腰にとりはき
朝まもり 夕のまもりに 大君の 御門(みかど)のまもり
われをおきて 人はあらじと 弥(いや)立て 思ひしまさる
大君の 御言の幸(さき)の 聞けば貴(たふと)み
(意)、海を行けば、水に漬かった屍となり、山を行けば、草の生す屍となって、大君のお足元に死のう。後ろを振り返ることはしまいと誓っては、ますらおの汚れないその名を、遥かな過去より今現在にまで伝えて来た、そのような祖先の末裔であるぞ。大伴と佐伯の氏は、祖先の立てた誓い、子孫は祖先の名を絶やさず、大君にお仕えするものであると言い継いできた誓言を持つ職掌の氏族であるぞ。梓弓を手に掲げ持ち、剣太刀を腰に佩いて、朝の守りにも夕の守りにも、大君の御門の守りには、我らをおいて他に人は無いと、さらに誓いも新たに、弥が上にも心は奮い立つ。大君の栄えある詔を拝聴すれば、たいそう尊くて。
簡単に言えば、私たち大伴氏と佐伯氏は昔から天皇の親衛隊として天皇を守ってきた氏族で、新たに台頭してきている藤原氏とは天皇との関係の深さでは全く違うのだと言う事なのでしょう。
P.S.
☆マンション業界は確実に衰退する 20年後は9割減の市場縮小も…
間違いなく起こる事です。そもそも日本政府の政策の方向性は最初は正しかったのですが、こうなる事は予想できたことなので早い時期に方向を転換すべきでした。マンションは企業にとって全てが美味しい話でマンション建設は多種多様の企業に恩恵をもたらし日本経済を引っ張ってきたのです。政府も積極的に後押しをしてきました。バブル崩壊後も政府の政策はマンションを作り続け、銀行に不良債権の先送りを指示してきたのです。本当は銀行から借りてはいけない人達まで住宅ローンを貸し続けるようにしてきたのです。もう限界です。ニューヨークのスラム街は建設当時は理想のマンション群でした。同じような生活レベルの人達が入居をしたのですが、時代とともに収入が変化し、勝組と負組の差別が出来てしまい、勝ち組は郊外に広い邸宅を購入して移ってゆきました。残されたのは負組だけでした。当然として管理も十分に出来なくなり、ますますスラム化が進み治安も悪くなりました。いま日本もスラム街が出来つつあります。
☆ローン金利の上昇見越し「今のうちに」 首都圏のマンション販売絶好調の理由
いまにマンション価格も下がりますよ。焦る事は無いと思います。そもそもいま勤めている会社があと何年生き続けられるか誰も分かりません。理想はローン返済中の早い時期に死ぬ事です。死ねば生命保険でローンは無くなり残された家族は悲しむでしょうが大喜びです。私の知人でも自殺した人がいます。
☆「民業圧迫」と郵政批判してきたアフラック かんぽ生命と提携拡大のご都合主義
お金が裏で日米で流れたていなければ良いのですが。そして官僚の天下り先を増やした事でしょうか!所詮TPP対策の結果でしょう。郵政のお金をアメリカのハゲタカが狙っていると言う事です。
☆『太陽 大異変』地球への影響 (2ページです)
ここのところの夏が猛烈に暑いので地球温暖化と言われていますが、私は地球は寒冷化へ向かうと思います。いまはその最初の段階の不安定期だと思います。
(限界にっぽん)第4部・続「追い出し部屋」:5 「全力で支援、なんてうそだ」 8月26日付朝日新聞です。
■再就職ビジネス、人切り急成長 希望に遠い仕事を紹介
東京近郊のターミナル駅。お盆休み明けで仕事に向かう人たちの流れに逆行するように、50代の元リコー技術者が向かったのは、駅から少し離れた人材会社のオフィスだった。
久しぶりのカウンセラーとの「面談」だった。だが、「紹介されたのは牛乳の訪問販売の仕事。あとはいつものように雑談と世間話」。
職を失って3回目の夏。思い出すのは、希望退職への応募を迫った人事担当者の言葉だ。「再就職支援会社があなたのキャリアを生かせる仕事を探してくれますから」
人事担当者に呼び出され、本社で面談したのは、全社で1万人の削減計画が打ち出された約1カ月後だった。「あなたに社内でお願いする仕事は用意できない」と言われ、どうやって帰宅したかも覚えていないほどのショックだった。
それでも再就職支援が受けられることが唯一の支えに思えた。人材会社のオフィスにいくと、本社から来たという担当者がこう説明した。
「半年ぐらいで大丈夫、再就職できます」「御社は大事な顧客。全力で支援します」
だが、支援の中身は、「自己PR」の仕方などの研修と、2週間に一度の「面談」が中心だった。紹介される求人情報も、ネットなどで得られるものと大差はない。
1年がたつ頃には、担当者は厳しい言い方に変わった。「ご希望のIT関連で50代の人を採ろうという企業はないですよ」。再就職先も、高速料金の徴収や運転手、警備など経験や希望とはほど遠い仕事を勧められるようになった。
人材会社は「再就職率」の高さを強調する。だがその実績には、派遣など有期雇用の採用が含まれていた。カウンセラー自身も、リストラをされて人材会社の契約社員として採用され、契約を維持するには、再就職率の数字を上げなければいけない状況にあるとも聞かされた。だからだろうか。「最近は、派遣でもいいから、いい加減そろそろ再就職先を決めたらどうだという感じ。『全力で支援』なんてうそだ」
■企業の黒衣、退職も指南
再就職支援ビジネスが日本で急成長し始めたのは、2000年代になってからだ。企業側が退職金のほかに、割り増し退職金と再就職支援の「3点セット」を用意し、人材会社が1人60万~90万円の料金で6カ月~1年の期間で請け負う。
だが、「転身支援とは聞こえはいいが、退職を受け入れさせるための飾りだ」。再就職支援がセットになった転身制度を活用して退職するよう求められた富士ゼロックスの40代の元社員はこう話す。会社から示された人材会社に、経験のある総務や人事の仕事を希望したが、紹介されたのは介護ヘルパーの夜勤の仕事などだった。「人材会社はやりたい仕事をあきらめさせたり、企業の手足となって退職をのませたりするのを仕事にしている感じがする」
再就職支援会社も関与したとみられる大手メーカーの「首切り指南書(マニュアル)」がある。
「部長(面談者)の心得」と題した「極秘/コピー厳禁」のマニュアルには、企業が早期退職募集をする際の個別説明の注意事項や想定問答の詳細などがびっしり並ぶ。
社員を「残留者」「本人選択」「退職候補者」の3段階に色分けし、「退職候補者」には、「社外での活躍を促す」と明記している。「面談の留意事項」では、▽必要事項の伝達は5~10分程度で一気に伝える▽威圧的な態度や乱暴な言葉遣いを避け、淡々と進める▽「申し訳ないけれど」といった感情的な言葉は漏らさない――とある。
「解雇 クビ やめろ やめてくれ」は「面接で絶対言ってはいけないこと」。想定問答では、再就職支援会社を「会社代わりに使える」などと強く繰り返し勧める、という「答え」も用意されている。
「企業は余剰人員を社内や子会社で抱える余裕がなくなり、外部の人材会社の力を借りざるを得なくなった。やめさせたい人に、研修などの名目でプログラムを受けさせる企業もある。会社に残るのをいかにあきらめさせるかも、人材会社の重要な仕事。企業側もそこを期待している。恨まれるのも仕事のうちだ」と業界の関係者はいう。
大手人材会社の幹部は「リストラ関連は利幅も大きい。日本は産業構造の転換を進めざるを得ないからまだまだ需要は伸びる」。長期安定雇用の日本型経営が揺らぎ、「成長」が見込める再就職支援ビジネス市場では、外資系も入り交じっての商戦が過熱する。
■「リストラは麻薬」悔いる声
だが、じくじたる思いでいる元人事担当者もいる。
パナソニックが子会社の三洋電機を事実上解体する検討に入った――。ことし5月、パナソニックが吸収合併した三洋のテレビや洗濯機などの海外事業を売却・閉鎖する方向を打ち出したのを報じた新聞記事を、三洋の人事部の元幹部は複雑な思いで読んだ。
三洋の業績悪化が続いた2000年代前半、30代で人事部門の幹部に抜擢(ばってき)され、リストラに辣腕(らつわん)を振るった。技術職を営業職に配置転換したり、管理職を製造ラインに配置したりした。研修業務などをしていた子会社の人材会社を使って、出向先探しや自動車会社への派遣業務をさせ、三洋本体の人減らしをした。
人事部門の幹部に昇任してすぐ、当時の経営幹部から「こんなのがあるんや」と、渡された資料。01年度、松下電器産業(現パナソニック)が当時の中村邦夫社長の指揮で1万3千人にのぼる大量リストラをやった時の「マニュアル」だった。
「あなたの能力を生かせる職場がない」と退職を迫る手順など、いまの「追い出し部屋」につながる原点が網羅されていた。「これを見て勉強せよと。電機業界ではリストラ指南書の原点のようなものだった」
元の上司や同期から飲み会に誘われるたびに、「お前、自分が何やってるか分かっているのか」と罵倒され、「ほかに方法はあるのか」と怒鳴り返した。三洋をよみがえらせることができると信じて、「汚れ役」を演じたつもりだった。
だが、いまはこう思う。「リストラは麻薬だった。一時的には人件費などの固定費が減り、業績は上がる。でも同時に優秀な人材ほど見切りをつけて流出した。残った人も勤労意欲がうせ、開発の芽が摘まれた。企業の成長力がそがれて業績はさらに悪化し、またリストラに頼る。常習性が出て来るんですよ」
流出した技術者の一部は韓国や中国企業にスカウトされ、技術力をつけた各社にシェアを奪われるはめに。一方、三洋本体では「コスト削減」で派遣社員や外部委託が急増した。「結局、正社員を退職させ、派遣などに置き換えただけ。競争力がなくなったのも当然だった」
昨年、妻子が住む関西の企業に転職した。大手企業などの人事部門から、年収2千万近いオファーもあったが、すべて断った。「いくら金を積まれても、人を切る仕事はもうやりたくなかった」
☆薬物中毒で「下着一枚で道路に出ていくことも」 兄が明かす華原朋美の「どん底」
それでも警察は手を出さない不思議さです。何か深い闇があるのでしょう。この闇を綺麗にすると日本が変わるかも知れませんね。エイベックスの松浦勝人社長や押尾学の仲間だった森元総理の息子はもう死んでいるのですが。日本も中国と比べて不思議な事は同じ程度かも知れません。