伊豆半島 下田 |
了仙寺(りょうせんじ)からペリーロードを歩き、下田港の埠頭で金目鯛のコロッケを食べました。了仙寺は日米和親条約の付属条約、下田条約が締結された場としても知られています。境内から参道にかけて無数のアメリカジャスミンが植樹されており、「ジャスミン寺」の別名も持ちます。ペリーロードは、この時にペリー提督が軍艦から17発の礼砲をとどろかせ、ボートを連ねてペリーは下田に上陸をしました。大砲4門をひく砲兵隊を先頭に、軍楽隊、士官、銃剣をもった海兵隊等総勢300人をこえる大行列であったと言われています。下田港から会談場所の了仙寺まで平滑川沿いに約700メートル程を歩いた道です。嘉永7年3月3日(1854年3月31日)に結んだ日米和親条約によって即時開港された下田港には、7隻も入港してきました。人員は1265名でした。
日米和親条約は1854年3月31日(嘉永7年3月3日)に江戸幕府とアメリカ合衆国が締結した条約です。神奈川条約とも呼なれます。この条約によって日本は下田と箱館(現在の函館)を開港し、鎖国体制は終焉を迎えたのです。下田は即日開港とされ下田に領事を置く事が決まりました。
1853年(嘉永6年)、フィルモア米大統領の命を受けたペリー提督は艦隊を率いて日本に来航、大統領の開国・通商を求める親書をもって幕府に開国・通商を求めました。幕府側が1年の猶予を求めたため一時退去をしました。翌年の1854年2月13日(嘉永7年1月16日)、再びペリー提督は来航して江戸湾(東京湾)へ入港しました。同年3月4日(2月6日、幕府は武蔵国久良岐郡横浜村字駒形(神奈川県横浜市中区の神奈川県庁付近、現横浜開港資料館所在地)に応接所を設置し、日本側全権は林大学頭、アメリカ側全権は東インド艦隊司令長官のマシュー・ペリーにより約1ヶ月にわたる協議の末、同年3月31日(3月3日)に全12箇条からなる日米和親条約を締結調印しました。この時にペリーの率いてきた艦隊は4隻でした。
泰平の ねむりをさま 上喜撰(蒸気船)
たつた四杯で 夜も眠れず
狂歌という手段でユーモアたっぷりに幕府を批判した読み手のセンスは素晴らしいですね。昨日の8・30の10万人デモは安倍と言う狂人の「心胆寒からしめる」ほどのショックを与えたでしょう。誰か素晴らしい狂歌の読み手はいないでしょうか?
P.S.
☆「戦争法案反対」12万人の凄まじい熱気と安倍官邸の異常対応 (5ページです)
30日は私はあまりの人の多さに国会周辺から日比谷公園まではじき飛ばされた様な感じで国会前から日比谷公園まで歩きましたが、ドンドン多くの人が日比谷方面から国会に向けて歩いていました。日比谷公園でも物凄い騒ぎでした。国会周辺では12万名以上でその近辺を入れれば私は20万人以上いたのではないかとおもいました。早目に引き上げる人もかなりいましたが、それよりも地下鉄から出てくる人達が多かったです。まさに市民革命でしょう。東欧の市民革命は非暴力で統制されていました。今回の10万人デモでは多くのボランティアの方々が活動をしていました。あれだけの規模のデモで逮捕者が数人とは驚くべき事です。お年寄りの御夫婦が目につきましたが若い女性達のグループや子連れも目立ちました。労働組合の旗も多く見掛けましたが、ほとんどの参加者は一般市民でした。これも驚くべき事です。昔のデモを見てきた私には機動隊も穏やかに感じました。それよりも主催者側の配慮が目立ち動員されていない人達も手軽に参加が出来る雰囲気でした。昔と全く違います!
☆作家・池澤夏樹氏が危惧「筋交いがない日本という家は潰れる」 (8ページです)
東欧の平和革命の過去を振り返ってみるとそこには政治家ではなく政治に無関係だった文学者や科学者達が立ち上がり、それに若い学生たちが続いて立ち上がるという形を踏んできました。日本も8・30を体験してやっとそのレベルに到達してきたかとも思います。今回の戦争法案反対の最大の原動力は憲法学者3名の国会の場での違憲表明でした。3名とも立場はそれぞれ違うのですが、言わんとしている事は憲法を守れと言う事です。憲法改正の手続きに関して憲法で明記されています。違憲な手続きにより閣議決定は、そもそも無効であると言う事なのです。
☆【阿比留瑠比の極言御免】もはや健全な批判というより憎悪や悪意に…「安倍嫌い」の感情論と焦燥 (2ページです)
やはり産経新聞らしい記事です。御用新聞の面目躍如でしょう。何とかして戦争法案を安倍に協力をして通したいのでしょう。
☆モミの木形態変化/原因徹底究明し逐一説明を
福島民友新聞の社説です。モミの木だけでなく昆虫類にも異常が発生していると言われています。それでも政府は見えない振りを貫くのでしょう。
☆米9月利上げ論再び、FRB当局者が可能性排除しない立場鮮明に
なんで先送りをしないのかと思いますが、やはりそこはアメリカで、FRBは完全に政府から独立をしているのです。日本の日銀も安倍政権まではある程度の独立性を持っていました。いまは完全に政府の1機関に成り下がっているのです。FRBはこのままではアメリカの金融政策は出口が無くなると言う危機感から9月に利上げ強行と言う選択肢が残されているのでしょう。当然、世界経済に与える影響もみているのでしょう。オバマ政権は口を出したいのでしょうが、口を出す事は絶対に出来ないでしょう。そこが日本と違うところです。アメリカは2大政党が交代をするので、政府や政治家達から完全に独立した公平中立な機関が必要なのでしょう。公平中立な機関には誰も文句を言えない決まりなのです。だから民主主義は守られるとも言えるのかも知れません。日本は自民党政権が長すぎました。
☆世界同時株安の行方 緩和の「宴」は終わりに
8月31日付東京新聞の社説です。
☆TPP漂流決定…米国にハシゴ外された甘利担当相の赤っ恥 (2ページです)
TPP法案を今国会で通過させ来年の参議院選挙への影響を最小限にしようとした目論見は外れました。完全に前回の衆議院選挙での公約違反のTPP法案の国会通過を今国会で出来ないとすると、安倍政権はTPP法案の国会通過が限りなく来年の参議院選挙に近づく事になります。つまり公約違反なので追い込まれます。TPPを見越して保険会社は必死で生き残りのためにアメリカの保険会社を買収しているのです。そもそもこれらの買収が+なのか-なのか誰も分からないのです。プラスならば日本の保険会社はアメリカの保険会社と肩を並べて日本だけではなく国際的に競争が出来ることになるのですが、マイナスとなると日本保険会社は壊滅となって日本の保険市場はアメリカの保険会社の独壇場となります。TPPとはall or
nothing(一か八か)、そう言うものなのです。
☆中国製造業、「頭痛の種」は株安よりも価格下落
日本が辿った道の様です!
☆維新の党の迷走 「橋下劇場」はもういい
8月29日付の京都新聞の社説です。もういい加減にしてもらいたいですね!
☆「地中海最大」のガス田、エジプト沖で発見
エジプトにとって大きなニュースですね。しかし、1450メートルの深海と言うとなかなか簡単ではないでしょう。
昔の面影が多く残っている街ですね。
蓮の葉で日差し除けとは、考えましたね。
下田の街は昔の雰囲気が残っている方だと思います。特にペリーロード周辺は良い雰囲気です!
下田は天然の良港だと思いますが、何度か津波に襲われています。下田にはミルクアンパンを買いに行きました。いまは時々デパートで売っているようです。
心配なのはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)です。このままでは年金の支給金額が減らされるでしょう。
ワンちゃん達の性格は二匹を足して2で割ると丁度良いです!可愛いです!